危険な人工子宮の話

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81年の初夢lそれは母親のお腹をいためることなく、体外で十カ月間、子どもをつくり育てることだろう。
試験管ベビーと同じように受精卵をつくり、それを母親の子宮へもどさずに、そのまま病院の〃人工子宮″へ入れる。
そこで着床→発育→分娩(?)といった全工程を済ませてしまうこと。両親はときおり、その進行状況をのぞきにくるだけ..::というようなことができるようになる夢だ。
「アラ、先生。そんな夢みたいな話。ウソでしょう?」
晴れ着姿で遊びにきていたZ夫人は、むしろ気色悪そうな表情でマュを寄せた。
「いや実際に、人工子宮の研究は行われてるんですよ」
私は、さりげなく、淡々と説明することにした。「ホラ、未熟児の保育器があるでしょ。あれを発展させた形のものをつくって、そこで十カ月育てようというわけですよ」
実のところ、人工胎盤だって実験的にはすでにできている。排泄機能である腎臓も、新しい血液を送りこむ心臓も、人工でつくれることは医学的に実証ずみなのである。
「あとは子宮だけど、これも羊水と同じ成分の液体を入れたピンのようなもので可能だと私は思いますね。この中へ受精卵を浸し、あとは人工栄養を特製のヘソの緒を通して送りつづけたら、
一人前に成長していくんじゃないでしょうか」
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いま現実に、受胎後六カ月の未熟児でも栄養補給して無事に成長させられるようになった。あとは中間の未解明の部分さえ研究が完成すれば夢でなくなる話である。
だが、Z夫人は顔をしかめた。

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排卵誘発剤

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「先生、体はいくら楽かしれないけど、やっぱり母親にとっては自分のお腹を痛めた子じゃないと……ねえ」
まさに健康で、正常な意見である。〃日本のおかあさん″はいつまでもそうであってほしい。
「それにネ。この方法は大変危険なんです」と私はつけ加えた。
「もし途中の段階で、出来が悪そうだとか、希望の性別でないとわかったとき、捨てられる恐れがある。人命の軽視につながるんですよ」
もっと極端にいえば、受精卵は物理的にいくらでもつくれる。
これを大量生産して男性ばかりをつくり出し、戦争へ駆り立ててやろう、というような人物が国家権力をにぎったら、どういうことになるだろう。
「医学の根本原理は、人間の幸福を育てること。この初夢は危険性がありすぎるようで、ボッにしたほうがいいようですな」。
私はZ夫人の美しい晴れ着に向かって、思わず苦笑していた。
L代さんの申し入れは、最初から無理な話だった。
「先生、もう面倒だから、お産はいっぺんで済ませたいんです。だから、ホラ、あの排卵誘発剤をたくさん使ってくださいな。双子でも三つ子でも、構いませんから:.…」
私は驚き、あきれ、しばらくはポカンとL代さんの無邪気な顔を眺めていたほどだ。
「それで五つ子でもできたら母体がガタガタになって、生命まで危ないですよ。子どもだって双子ならいいけど、それ以上になると生存率も低いことを知らないんですか」

あの山下家の五つ子は大きく報道され、全国民から祝福と微笑を贈られた。

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お腹を痛めること

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だけど、それがニュースになるのは、五人全部そろって生き残るケースはめったにない、ということにほかならない。
「第一、あなたはきちんと排卵があるじゃないですか。HMG(排卵誘発剤)なんてものはネ、排卵のない婦人、とくに重症の人の治療用にしか使用しないんですよ」
これが開発されたとき、とびついたマスコミが「不妊女性に夢の薬!」などと書きたてた。
このため、L代さんのような排卵があるのに、妊娠しない女性までが焦って使ってもらいたがるようになったといえそうだ。
この薬には、いくつかの問題点もある。どの程度の量を使えばどこまできくのか、が確定していないのだ。多く使うほど効果があるという説もあるが、反対論も少なくない。
それに、過刺激症状lつまり薬を使いつづけていても全く反応を示さないくせに、あるとき突然、それこそ爆発的に卵巣が反応する、という厄介なことになっているのである。
「そんなコワイところもあるんですかァ」lL代さんは目をみはり、首をかしげ、意外や意外といった表情になった。
現在までの統計では、排卵誘発剤を使って子どもが生まれた場合、八割までが単体(ひとり)で(このことにも意味がある)、あとの二割が多胎、つまり双子以上である。
二割しかないともいえるし、二割もあるのか!と驚くこともできる。
うまく双子が生まれてくれたらいい。だが、この薬を使ったら必ず双子という保証は、どこにもない。


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不妊症は遺伝する?

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仮に五つ子が誕生した場合、「だれが五人もつくってくれと頼んだ!」などと、妊婦の家族から医者が恨まれることにもなりかねない。
「そりゃそうですねえ、そのうち食糧難時代もくるというし:::、生活の面倒みんならん主人にしたら、考えてみると、大変なことになりますなあ」
L代さんの無邪気な表情が、一瞬、暗くなったようにみえた。

「代理ママからベビー誕生」というアメリカでの話が昨秋、新聞紙上をにぎわした。
子どものできない妻に代わって腹を貸してくれる女性を新聞広告で募集し、夫の精子をその子宮に送りこんで人工授精させ、妊娠・分娩までやってもらうという仕組み。
俗に〃借り腹(ばら) ″〃ホストマザー″などとも言う。
「いっそ、うちもアレでやってもらおうかしら」
私のところへ長期間かよっているB子さんが、ひとり言めいた口調でそう言ったのは、新聞で話題になっているころだった。
ご主人には、なんの異常もない。B子さんの卵管が詰まっているのが子どものできない原因とわかった。あとは手術しかないのだが、B子さんは決心がつきかねている。
そんな状態のときに、ふと洩らした言葉だった。
「とんでもない。バカな考えはおよしなさい」
私は即座にたしなめた。

B子さんの思いつめた気持ちは、わからぬでもない。ワラにもすがる想い。あれこれと迷い悩み、心が揺れているのだろう。
B子さんは、心の迷いを恥じる表情になった。やっぱり〃日本の母″である。

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見放すのですか

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だが、いかに合理主義が浸透しているアメリカでさえ〃代理ママ〃による出産には「不道徳じゃないか」と非難の声が上がっているという。
なんといっても具合の悪いのは、夫婦と〃代理ママ〃がお互いに顔みしりになってしまっていることだ。
他人の精子を人工授精する場合は、医師が精子の提供者(原則として医科大学生)を夫婦に絶対に知らせないから問題は少ない。
しかし〃代理ママ〃は夫婦が応募者と面接し、住所、氏名を確認し、報酬(十カ月間のお腹の貸し賃)も話し合って決めたりしている。
これでは、あとあとトラブルを招きかねない。あとで「私の子どもに会わせて」と、代理ママが夫婦のところへ押しかける可能性もないとはいえないのだ。
それにも増して問題なのは、十カ月間、夫婦が何の感慨もなく過ごしていることだ、と私は思う。

考えてもいただきたい。胎児が少しずつ発育し、やがて胎内で足を、ハタつかせたとき、「あっ、動い!」と妊婦は蝿き、あわて、こみあげる喜びに涙ぐみ、夫の帰りを待ちかねて報告する。
こういう新鮮な感動が、赤ちゃんへの愛情の源になるのではなかろうか。「そうですわねえ」。B子さんは思い直したようにつぶやいた。
「お腹を痛めていない子どもだという意識は、きっと私自身を責めるでしょうねえ」
不妊症は遺伝するI。そう思いこんでいる人は、実に多い。
先日も、カウンセリングにきたF子さんが、頭から信じこんでいますといった深刻な表情で私にこう打ち明けた。

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